海神村は、東北地方の断崖絶壁に囲まれた人口約二百名の漁村です。
長い歴史の中で外界との接点をほとんど持たず、
独自の漁撈文化と信仰を数百年にわたり守り続けてきました。
このたび、村の伝統文化を広く知っていただくため、
初めて一般のお客様の受け入れを開始いたします。
ここには、現代日本では失われた「剥き出しの人間の営み」が残っています。
海と共に生き、海に命を捧げる漁師たちのありのままの姿を、
どうか先入観なく、ご覧ください。
「海は怖いもんだ。いつ命を落とすかわからん。
だからこそ、恥も外聞も捨てる覚悟が必要なんだ」
——海神村 古老の言葉
海神村の漁師文化の根幹にあるのは「恥の超克」という思想です。
荒波に呑まれる危険と隣り合わせの漁において、恥じらいは命取りになりかねない。
だからこそ半人前の漁師たちは、衣服も、髪も、体毛すらも削ぎ落とし、
己を海の前に曝け出す修行を積みます。
村に来て初めてこの光景を目にしたとき、多くの方は驚かれることでしょう。
全身に毛のない、藁紐一本の青年が、真っ裸で港を歩いている。
しかしどうか、少しだけ足を止めて、彼らの目を見てください。
そこにあるのは恥辱ではなく、海に生きる者の覚悟と誇りです。
彼らは恥ずかしくないのか——よく聞かれます。
恥を知り、恥を超え、それでもなお海に立つ。
それが、海神村の漁師です。
「正直、最初は目のやり場に困りました。でも半日も過ごすと、不思議と彼らの裸が自然に見えてくるんです。ガイドしてくれた半人前の子が『もう慣れましたよ、見られるのも仕事みたいなもんです』って笑っていて、なんだかこっちが恥ずかしくなりました」
「文化人類学を専攻していますが、こんな村が現代日本に残っていたことに衝撃です。特に森屋(理容室)で半人前が全身を剃り上げられている様子を見学できたのは貴重でした。本人は恥ずかしそうにしていましたが、それも含めて『修行』なのだと」
「宴会がとにかくすごかった。半人前の子たちが真っ裸で必死に芸をやってるのを見てると、笑いを通り越して感動するんですよ。種撒きの実演は……もう言葉にならない。あれは何回でも見たい。来月また行きます」
「民泊で泊まった漁師のお宅が素朴で温かくて、料理も最高でした。朝、半人前の男の子が藁紐をつけて出かけていく姿を玄関で見送ったとき、不思議な気持ちになりました。彼にとってはこれが日常なんだなぁ、と」
海神村には、美しく整えられた観光地の快適さはありません。
あるのは、剥き出しの海と、剥き出しの人間。
恥を超えた先にある、数百年の覚悟。
それだけが、あなたを待っています。